ヤマボウシの白い日傘

2026年05月14日(木)
  • #学園生活

5月になり、初夏を思わせるあたたかな(熱い?)日が続いております。ヤマボウシの白い花が満開となり、正門を入ってすぐ左に鎮座している学祖山野井亀五郎先生(銅像)が、まるで日傘をさしているかのようです。

おかげさまで、本校は創立100周年の節目の年を迎えております。

大正15(1926)年、山野井先生は、雑木林と畑の広がる東京府豊多摩郡杉並町字天沼(現杉並区天沼)を校地として選定。地主との交渉、入学者の確保や資金調達など多くの困難に直面しましたが、この時山野井先生は、校舎、雨天体操場、寄宿舎等の建築工事費のため私財を投じています。昭和2(1927)年4月に第二中学校は開校し、翌年に夜間の第二商業学校を併設、7年には第二商業学校の本科(昼間授業)も設けました。

あれから100年、学園は目覚ましい発展を遂げました。当たり前に、おおらかな毎日を過ごせているのも、さまざまな艱難辛苦を乗り越えるために奔走した山野井先生をはじめとする先人たちの努力があったからにほかなりません。

山野井亀五郎先生、ありがとうございます。お洒落な白い日傘で、少しでもこの暑い日差しを避けてお過ごしください。                    

                                               高等学校長 中島正生

<日本大学HP掲載:日大を作った先人たち
日本大学第二学園初代理事長 山野井亀五郎 | 日本大学の歴史

 

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